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「ヒロシマとフクシマ」浮かび上がる無責任の体系

カテゴリー:コラム

8月6日、9日は広島、長崎に原爆が投下された、人類にとって、特に日本人にとって忘れてはならない日である。
ところで、日本の中枢は事前に「広島、小倉もしくは長崎に原爆が投下される」ことを知っていたという驚くべき史実が近年、明らかになってきたことをご存じだろうか。2011年8月6日には、NHKスペシャルで「原発投下~活かされなかった極秘情報~」という番組が放送されたので、この番組を見た方もいるのではないだろうか。この番組は、「黙殺された極秘情報 原爆投下」松木秀文、夜久泰裕(NHK出版)という本にもなっている。私たちは広島と長崎の原爆について、これまで突然米軍の奇襲攻撃を受けたのだと言う定説を信じてきたが、テニアン島を拠点に作戦展開する米軍特殊航空部隊の原爆投下の動きを、大本営情報部が事前に察知していたという事実を、NHK広島が1年間がかりの取材で明らかにした。8月6日の広島、8月9日の長崎の爆撃のいずれも日本の大本営は米軍のコールサインを傍受していたにもかかわらず、空襲警報すら出さず、おそらく、終戦工作のために傍観していたと可能性が高いと考えられるのである。また、日本政府が「原子爆弾災害調査特別委員会」を原爆投下直後に組織し、米国が欲しがるだろう原発投下直後の人体、環境への影響調査を人命救助より優先し、731部隊免責の取引材料にしようとしたことまで、この本は明らかにしている。原爆投下については、第五航空情報連隊情報室に所属していた黒木雄司氏も自著「原発投下は予告されていた!」(光人社)中で下記のようにはっきり書いている。

毎年八月六日、広島原爆忌の来るたびに、午前八時に下番してすぐ寝ついた私を、午前八時三十二分に田中候補生が起こしに来て、「班長殿、いま広島に原子爆弾が投下されたとニューディリー放送が放送しました。八時十五分に投下されたそうです」と言ったのを、いつも思い出す。(253頁)このニューディリー放送では原爆に関連して、まず昭和二十年六月一日、スチムソン委員会が全会一致で日本に原子爆弾投下を米国大統領に勧告したこと(158頁)。次に七月十五日、世界で初めての原子爆弾核爆発の実験成功のこと(214頁)。
さらに八月三日、原子爆弾第一号として八月六日広島に投下することが決定し、投下後どうなるか詳しい予告を三日はもちろん、四日も五日も毎日つづけて朝と昼と晩の三回延べ九回の予告放送をし、長崎原爆投下も二日前から同様に毎日三回ずつ原爆投下とその影響などを予告してきた。

そして、2011年の東日本大震災でも、日本政府は放射線予測システムSPEEDI(スピーディ)の情報を福島原事故直後から、把握していて米軍には提供していたにも関わらず、一番必要な時に公開しなかった。震災翌日、福島原発に向かう際に管直人首相は、自分自身の生命や健康に影響が出ないことをSPEEDIにより確認したうえで現地に赴いたとも言われている。つまり、政府・高官はSPEEDIのデータを自らのために使いはするが、国民に対しては隠蔽し続けたということである。その結果、本来は被曝する必要がなかった多くの人が放射能を浴びてしまったのである。また、フクシマ原発事故以来、継続する放射能汚染について、本当に正確な情報を東電、政府は国民に提供してきたかも甚だ疑問なところである。このように「フクシマとヒロシマ」には、国民の命よりも自分たちの立場を守るために政府は、本当のことを知らせないという奇妙な符合が見えてくる。あまりに残念なことだが、底なしの無責任の体系が70年近い年月を経ても浮かび上がってくることを忘れてはならない。
(取締役統括本部長 山本正樹)

8月6日、9日は広島、長崎に原爆が投下された、人類にとって、特に日本人にとって忘れてはならない日である。
ところで、日本の中枢は事前に「広島、小倉もしくは長崎に原爆が投下される」ことを知っていたという驚くべき史実が近年、明らかになってきたことをご存じだろうか。2011年8月6日には、NHKスペシャルで「原発投下~活かされなかった極秘情報~」という番組が放送されたので、この番組を見た方もいるのではないだろうか。この番組は、「黙殺された極秘情報 原爆投下」松木秀文、夜久泰裕(NHK出版)という本にもなっている。私たちは広島と長崎の原爆について、これまで突然米軍の奇襲攻撃を受けたのだと言う定説を信じてきたが、テニアン島を拠点に作戦展開する米軍特殊航空部隊の原爆投下の動きを、大本営情報部が事前に察知していたという事実を、NHK広島が1年間がかりの取材で明らかにした。8月6日の広島、8月9日の長崎の爆撃のいずれも日本の大本営は米軍のコールサインを傍受していたにもかかわらず、空襲警報すら出さず、おそらく、終戦工作のために傍観していたと可能性が高いと考えられるのである。また、日本政府が「原子爆弾災害調査特別委員会」を原爆投下直後に組織し、米国が欲しがるだろう原発投下直後の人体、環境への影響調査を人命救助より優先し、731部隊免責の取引材料にしようとしたことまで、この本は明らかにしている。原爆投下については、第五航空情報連隊情報室に所属していた黒木雄司氏も自著「原発投下は予告されていた!」(光人社)中で下記のようにはっきり書いている。

毎年八月六日、広島原爆忌の来るたびに、午前八時に下番してすぐ寝ついた私を、午前八時三十二分に田中候補生が起こしに来て、「班長殿、いま広島に原子爆弾が投下されたとニューディリー放送が放送しました。八時十五分に投下されたそうです」と言ったのを、いつも思い出す。(253頁)このニューディリー放送では原爆に関連して、まず昭和二十年六月一日、スチムソン委員会が全会一致で日本に原子爆弾投下を米国大統領に勧告したこと(158頁)。次に七月十五日、世界で初めての原子爆弾核爆発の実験成功のこと(214頁)。
さらに八月三日、原子爆弾第一号として八月六日広島に投下することが決定し、投下後どうなるか詳しい予告を三日はもちろん、四日も五日も毎日つづけて朝と昼と晩の三回延べ九回の予告放送をし、長崎原爆投下も二日前から同様に毎日三回ずつ原爆投下とその影響などを予告してきた。

そして、2011年の東日本大震災でも、日本政府は放射線予測システムSPEEDI(スピーディ)の情報を福島原事故直後から、把握していて米軍には提供していたにも関わらず、一番必要な時に公開しなかった。震災翌日、福島原発に向かう際に管直人首相は、自分自身の生命や健康に影響が出ないことをSPEEDIにより確認したうえで現地に赴いたとも言われている。つまり、政府・高官はSPEEDIのデータを自らのために使いはするが、国民に対しては隠蔽し続けたということである。その結果、本来は被曝する必要がなかった多くの人が放射能を浴びてしまったのである。また、フクシマ原発事故以来、継続する放射能汚染について、本当に正確な情報を東電、政府は国民に提供してきたかも甚だ疑問なところである。このように「フクシマとヒロシマ」には、国民の命よりも自分たちの立場を守るために政府は、本当のことを知らせないという奇妙な符合が見えてくる。あまりに残念なことだが、底なしの無責任の体系が70年近い年月を経ても浮かび上がってくることを忘れてはならない。
(取締役統括本部長 山本正樹)

カテゴリー:コラム

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