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吉田城の続日本100名城選定記念でシンポ

シンポジウム「城の魅力-吉田城と戦国」=豊橋市民文化会館で
シンポジウム「城の魅力-吉田城と戦国」=豊橋市民文化会館で

 豊橋公園内の吉田城が日本城郭協会制定の「続日本100名城」に選定されたことを記念したシンポジウム「城の魅力-吉田城と戦国」(豊橋市文化財センター主催)が25日、豊橋市民文化会館であった。会場はほぼ満席となり、城郭研究者の視点や古文書から吉田城が持つ魅力に迫った。
 吉田城は、牧野古白が築城して以来、明治維新まで約360年の歴史がある。戦国時代には武将らによって争奪戦が繰り返され、姫路城を築いた池田輝政も城主を務めていた。本丸御殿は1707年の宝永大地震で倒壊した。
 現在は、復興された本丸周囲にあった4つのうちの一つ、鉄櫓(くろがねやぐら)がある。
 吉田城の魅力について、城郭研究者で滋賀県立大学教授の中井均さんは「石垣と三の丸土塁。近世の城で、これだけ見られるのは魅力」と言い、城郭研究者の日本城郭協会理事・加藤理文さんも「中枢部の土塁が残っているのはすごいこと。初めて見た時、驚かされた」と、共に堀を掘った際に出た土を積み上げて造った土塁を挙げた。
 吉田城の今後に関し、中井さんは「明治維新後の城跡の歴史も遺産」と強調。陸軍の連隊が設置された戦争遺跡や、現在の公園、美術博物館、市役所、中学校なども含めて活用を考えるよう提案した。
 加藤さんは「石垣や遺構を壊す余分な樹木を切ってほしい」と求めたほか、「お城は隔絶された空間だからいい。吉田城は、残っている堀をきれいにすると『ここから、お城なんだ』と分かるようになる」と助言した。
 古文書などの文献史学者で愛知大学教授の山田邦明さんは、吉田城を「戦国初めから近代まで何百年も続き、それぞれの顔を見せていることは興味が尽きない」。その上で「やはり地元の人に関心を持ってもらい、地元の宝物を自覚していくといいのでは」と呼び掛けた。
(中村晋也)

 豊橋公園内の吉田城が日本城郭協会制定の「続日本100名城」に選定されたことを記念したシンポジウム「城の魅力-吉田城と戦国」(豊橋市文化財センター主催)が25日、豊橋市民文化会館であった。会場はほぼ満席となり、城郭研究者の視点や古文書から吉田城が持つ魅力に迫った。
 吉田城は、牧野古白が築城して以来、明治維新まで約360年の歴史がある。戦国時代には武将らによって争奪戦が繰り返され、姫路城を築いた池田輝政も城主を務めていた。本丸御殿は1707年の宝永大地震で倒壊した。
 現在は、復興された本丸周囲にあった4つのうちの一つ、鉄櫓(くろがねやぐら)がある。
 吉田城の魅力について、城郭研究者で滋賀県立大学教授の中井均さんは「石垣と三の丸土塁。近世の城で、これだけ見られるのは魅力」と言い、城郭研究者の日本城郭協会理事・加藤理文さんも「中枢部の土塁が残っているのはすごいこと。初めて見た時、驚かされた」と、共に堀を掘った際に出た土を積み上げて造った土塁を挙げた。
 吉田城の今後に関し、中井さんは「明治維新後の城跡の歴史も遺産」と強調。陸軍の連隊が設置された戦争遺跡や、現在の公園、美術博物館、市役所、中学校なども含めて活用を考えるよう提案した。
 加藤さんは「石垣や遺構を壊す余分な樹木を切ってほしい」と求めたほか、「お城は隔絶された空間だからいい。吉田城は、残っている堀をきれいにすると『ここから、お城なんだ』と分かるようになる」と助言した。
 古文書などの文献史学者で愛知大学教授の山田邦明さんは、吉田城を「戦国初めから近代まで何百年も続き、それぞれの顔を見せていることは興味が尽きない」。その上で「やはり地元の人に関心を持ってもらい、地元の宝物を自覚していくといいのでは」と呼び掛けた。
(中村晋也)

シンポジウム「城の魅力-吉田城と戦国」=豊橋市民文化会館で
シンポジウム「城の魅力-吉田城と戦国」=豊橋市民文化会館で

カテゴリー:社会・経済

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