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渥美半島「旧赤羽根町」の歴史たどる

赤羽根町制施行祝賀式典(田原市博物館提供)
赤羽根町制施行祝賀式典(田原市博物館提供)
渥美半島「旧赤羽根町」の歴史たどる

 渥美半島、旧渥美郡にあった「旧赤羽根町」(現・田原市)が今年、町制の施行から60年の節目を迎える。町史などの記録に基づいて、赤羽根町誕生の端緒をひも解く。
 赤羽根町は1958(昭和33)年、旧赤羽根村の町制施行により誕生。記録上、当時の人口は7355人(男3523人、3832人)で約1320世帯あった。1906(明治39)年に高松村、赤羽根村、若戸村が合併した赤羽根村が町の前身で、3村合併当時の人口は約9000人とされている。
 「田原・赤羽根史現代編」によると、町制施行をめぐっては28年発布の町村合併促進法を受け、県町村合併計画試案が策定され、赤羽根村は灌漑(かんがい)用水を活用した農業の経済力向上、漁港整備に伴う生活就労基盤整備による人口増加の見込みなどから、村内で町制施行への期待感が高まったとされている。
 同史では「『村を町とすることについての申請書』に経過が記されている」とある。それによると、「村民の一致努力によつて生産の増加による村民の経済力は著しく増強せられ、文化的生活は急速に向上した。村内の諸施設も整備せられて面目を一新した。赤羽根漁港の修築工事もまた進捗(しんちょく)して本村の将来に更に大きな希望と期待がかけられるに至り」などと、住民の町制施行への要望の声があったことが分かる。
 こうした流れを背景に、1958(昭和33)年8月には村議会で「村を町とすることについて」提案があり、全員異議なく議決した。
 さらに、県により町制施行に必要な現地調査があったことも紹介。記述によると、商工業、俸給生活者、労務者の戸数割合などが条件的に不適格だと指摘されたとある。だが、数カ月後には再調査が行われ、最初の調査結果の解釈の変更や、漁港整備による将来性などを見越し、結果的には適格と判断されたと読み取れる。
 町は45年後、国の地方分権推進や少子高齢化、将来を楽観視できない町財政状況などから、町民有志による住民発議や合併協議会の設置請求などを経て、2003(平成15)年に隣の田原町へ編入合併。“平成の大合併”としては県内第1号となった。

■赤羽根町誕生祝賀式典
 1958(昭和33)年11月1日に開催された祝賀式典。会場は赤羽根保育園講堂で、町内3小学校の校庭では人文字や演芸大会などもあったとされている。県警音楽隊によるパレードに加え、商工会宣伝カーのパレード、小中学生による旗行列、打上花火などと盛大に行われ、町の誕生を祝った。
(千葉敬也)

 渥美半島、旧渥美郡にあった「旧赤羽根町」(現・田原市)が今年、町制の施行から60年の節目を迎える。町史などの記録に基づいて、赤羽根町誕生の端緒をひも解く。
 赤羽根町は1958(昭和33)年、旧赤羽根村の町制施行により誕生。記録上、当時の人口は7355人(男3523人、3832人)で約1320世帯あった。1906(明治39)年に高松村、赤羽根村、若戸村が合併した赤羽根村が町の前身で、3村合併当時の人口は約9000人とされている。
 「田原・赤羽根史現代編」によると、町制施行をめぐっては28年発布の町村合併促進法を受け、県町村合併計画試案が策定され、赤羽根村は灌漑(かんがい)用水を活用した農業の経済力向上、漁港整備に伴う生活就労基盤整備による人口増加の見込みなどから、村内で町制施行への期待感が高まったとされている。
 同史では「『村を町とすることについての申請書』に経過が記されている」とある。それによると、「村民の一致努力によつて生産の増加による村民の経済力は著しく増強せられ、文化的生活は急速に向上した。村内の諸施設も整備せられて面目を一新した。赤羽根漁港の修築工事もまた進捗(しんちょく)して本村の将来に更に大きな希望と期待がかけられるに至り」などと、住民の町制施行への要望の声があったことが分かる。
 こうした流れを背景に、1958(昭和33)年8月には村議会で「村を町とすることについて」提案があり、全員異議なく議決した。
 さらに、県により町制施行に必要な現地調査があったことも紹介。記述によると、商工業、俸給生活者、労務者の戸数割合などが条件的に不適格だと指摘されたとある。だが、数カ月後には再調査が行われ、最初の調査結果の解釈の変更や、漁港整備による将来性などを見越し、結果的には適格と判断されたと読み取れる。
 町は45年後、国の地方分権推進や少子高齢化、将来を楽観視できない町財政状況などから、町民有志による住民発議や合併協議会の設置請求などを経て、2003(平成15)年に隣の田原町へ編入合併。“平成の大合併”としては県内第1号となった。

■赤羽根町誕生祝賀式典
 1958(昭和33)年11月1日に開催された祝賀式典。会場は赤羽根保育園講堂で、町内3小学校の校庭では人文字や演芸大会などもあったとされている。県警音楽隊によるパレードに加え、商工会宣伝カーのパレード、小中学生による旗行列、打上花火などと盛大に行われ、町の誕生を祝った。
(千葉敬也)

赤羽根町制施行祝賀式典(田原市博物館提供)
赤羽根町制施行祝賀式典(田原市博物館提供)
渥美半島「旧赤羽根町」の歴史たどる

カテゴリー:政治・行政

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