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フクシマ・ルポ⑥

カテゴリー:特集

廃炉作業が進む福島第1原発の排気塔。左側が1号機=福島県双葉町で
廃炉作業が進む福島第1原発の排気塔。左側が1号機=福島県双葉町で
廃炉作業が進む福島第1原発の排気塔。左側が1号機=福島県双葉町で
廃炉作業が進む福島第1原発の排気塔。左側が1号機=福島県双葉町で

“看板”保存 事故を後世へ

 浪江町請戸地区から国道6号に戻り、東京電力福島第1原発がある方向へ南下する。10分もしないうちに、原発がある双葉町に入った。ここからは再び人が住めない「帰還困難区域」だ。放射線量が高く、除染作業が進行中だ。
 双葉厚生病院前の交差点。双葉駅方向の商店街通りに視線を向けると、「原発のまち」を象徴したあの看板が消えていた。2015(平成27)年6月に訪れた際、鉄柵の向こうにあった「原子力 明るい未来の エネルギー」と書かれた看板は、その年の12月に撤去されていた。
 看板は1988(昭和63)年、町が原発の誘致を進めようと設置。市民に標語を募り、当時小学生の少年のアイデアが採用された。しかし「明るい未来」は原発事故で一変。事故後、看板は原発の安全神話のもろさを象徴するだけのものになった。
 当初、撤去された看板は廃棄される予定だったが、現在40歳を超えた当時少年だった男性が事故を歴史の一部として後世に伝えようと約7000人分の署名を集め、県が整備する復興祈念公園で保存されることになった。
 国道6号をさらに南下すると、左手に原発の排気塔が見えてきた。向かって一番左側。震災翌日に水素爆発を起こした1号機付近に赤い大きなクレーンが集中して立つ光景は、3年前とほとんど変わらない。長く過酷な廃炉作業が必死に進められていることが分かった。
 “負の遺産”が消された痕跡が、ここにもあった。国道6号から原発へつながる交差点「長者原」に原発の関連企業の看板があったが、その文字は消され、かすかに文字が浮かび上がっている状態だった。
(由本裕貴)

“看板”保存 事故を後世へ

 浪江町請戸地区から国道6号に戻り、東京電力福島第1原発がある方向へ南下する。10分もしないうちに、原発がある双葉町に入った。ここからは再び人が住めない「帰還困難区域」だ。放射線量が高く、除染作業が進行中だ。
 双葉厚生病院前の交差点。双葉駅方向の商店街通りに視線を向けると、「原発のまち」を象徴したあの看板が消えていた。2015(平成27)年6月に訪れた際、鉄柵の向こうにあった「原子力 明るい未来の エネルギー」と書かれた看板は、その年の12月に撤去されていた。
 看板は1988(昭和63)年、町が原発の誘致を進めようと設置。市民に標語を募り、当時小学生の少年のアイデアが採用された。しかし「明るい未来」は原発事故で一変。事故後、看板は原発の安全神話のもろさを象徴するだけのものになった。
 当初、撤去された看板は廃棄される予定だったが、現在40歳を超えた当時少年だった男性が事故を歴史の一部として後世に伝えようと約7000人分の署名を集め、県が整備する復興祈念公園で保存されることになった。
 国道6号をさらに南下すると、左手に原発の排気塔が見えてきた。向かって一番左側。震災翌日に水素爆発を起こした1号機付近に赤い大きなクレーンが集中して立つ光景は、3年前とほとんど変わらない。長く過酷な廃炉作業が必死に進められていることが分かった。
 “負の遺産”が消された痕跡が、ここにもあった。国道6号から原発へつながる交差点「長者原」に原発の関連企業の看板があったが、その文字は消され、かすかに文字が浮かび上がっている状態だった。
(由本裕貴)

廃炉作業が進む福島第1原発の排気塔。左側が1号機=福島県双葉町で
廃炉作業が進む福島第1原発の排気塔。左側が1号機=福島県双葉町で
廃炉作業が進む福島第1原発の排気塔。左側が1号機=福島県双葉町で
廃炉作業が進む福島第1原発の排気塔。左側が1号機=福島県双葉町で

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