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福井にも「田邉さん守る会」発足へ

 2002(平成14)年7月の豊川幼児殺害事件で有罪となり、弁護団が再審を請求した田邉雅樹受刑者(51)を支援しようと、東三河に加えて田邉氏の地元・福井県にも支援団体「田邉さんを守る会」が発足することになった。農業研修のため田邉氏の福井刑務所への移送が決まり、守る会はより近い距離で支援体制を敷く。
 これまでは東三河の住民らでなる「えん罪豊川幼児殺人事件・田邉さんを守る会」(福住幹夫会長)、日本国民救援会東三河支部(小林修支部長)、同豊川支部(渡辺達郎支部長)が連携し、駅周辺での宣伝行動や署名集め、勉強会を行ってきたが、田邉氏が生まれ育った福井県内でも無実を信じる市民らによって守る会の発足が決定。東三河の団体役員とも連携して近日中に準備会が開かれ、12月に発足総会を予定している。
 2007年に懲役17年の逆転有罪判決が下り、翌年9月に最高裁が上告を棄却して以来、大分刑務所に服役していた田邉氏は、模範囚として刑期を消化している。出所後は農業に携わりたい意向から研修への参加を希望し、10月から地元の福井刑務所に移送される。
 美浜町で暮らす家族や、現地の守る会による面会も頻繁に可能になり、渡辺支部長は「我々としても大分に比べて近くなる。福井のメンバーとも協力して支援していきたい」と話す。
 この事件では田邉氏を犯人とする物的証拠や目撃証言が一切なく、弁護団は検察が主張する“自白”の矛盾を指摘し、2016年7月に名古屋高裁に再審を請求。無実であることを示す証拠資料は21点提出している。今年4月、高裁は再審開始の条件となる意見書の提出を田邉氏に求め、その後の判断が注目されている。

 【豊川幼児殺害事件】2002年7月28日未明、豊川市白鳥町のゲームセンター駐車場の車にいた当時1歳の男児がいなくなり、早朝に約4㌔離れた御津町佐脇浜の海岸で水死体で発見。県警は翌年、事件当日駐車場にいた田邉氏が「幼児の泣き声で眠れずイライラしてやった」と自供したとして逮捕。裁判では一貫して無実を主張した田邉氏は06年の一審で無罪となったが、翌年高裁の二審で有罪となり、最高裁も上告を棄却した。
(由本裕貴)

 2002(平成14)年7月の豊川幼児殺害事件で有罪となり、弁護団が再審を請求した田邉雅樹受刑者(51)を支援しようと、東三河に加えて田邉氏の地元・福井県にも支援団体「田邉さんを守る会」が発足することになった。農業研修のため田邉氏の福井刑務所への移送が決まり、守る会はより近い距離で支援体制を敷く。
 これまでは東三河の住民らでなる「えん罪豊川幼児殺人事件・田邉さんを守る会」(福住幹夫会長)、日本国民救援会東三河支部(小林修支部長)、同豊川支部(渡辺達郎支部長)が連携し、駅周辺での宣伝行動や署名集め、勉強会を行ってきたが、田邉氏が生まれ育った福井県内でも無実を信じる市民らによって守る会の発足が決定。東三河の団体役員とも連携して近日中に準備会が開かれ、12月に発足総会を予定している。
 2007年に懲役17年の逆転有罪判決が下り、翌年9月に最高裁が上告を棄却して以来、大分刑務所に服役していた田邉氏は、模範囚として刑期を消化している。出所後は農業に携わりたい意向から研修への参加を希望し、10月から地元の福井刑務所に移送される。
 美浜町で暮らす家族や、現地の守る会による面会も頻繁に可能になり、渡辺支部長は「我々としても大分に比べて近くなる。福井のメンバーとも協力して支援していきたい」と話す。
 この事件では田邉氏を犯人とする物的証拠や目撃証言が一切なく、弁護団は検察が主張する“自白”の矛盾を指摘し、2016年7月に名古屋高裁に再審を請求。無実であることを示す証拠資料は21点提出している。今年4月、高裁は再審開始の条件となる意見書の提出を田邉氏に求め、その後の判断が注目されている。

 【豊川幼児殺害事件】2002年7月28日未明、豊川市白鳥町のゲームセンター駐車場の車にいた当時1歳の男児がいなくなり、早朝に約4㌔離れた御津町佐脇浜の海岸で水死体で発見。県警は翌年、事件当日駐車場にいた田邉氏が「幼児の泣き声で眠れずイライラしてやった」と自供したとして逮捕。裁判では一貫して無実を主張した田邉氏は06年の一審で無罪となったが、翌年高裁の二審で有罪となり、最高裁も上告を棄却した。
(由本裕貴)

カテゴリー:社会・経済

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