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イチロー選手引退・東三河の反応

石川さん親子との記念撮影に応じるイチロー選手㊨(石川さん提供)
石川さん親子との記念撮影に応じるイチロー選手㊨(石川さん提供)

 イチロー選手、たくさんの夢をありがとう―。愛知県豊山町出身で、大リーグのシアトル・マリナーズのイチロー外野手(45、本名・鈴木一朗)が現役引退を発表した。プロ野球で9年、メジャーで19年にも及ぶ現役生活で数々の金字塔を打ち立て、子どもから大人まで多くの人々に夢を与えたイチロー選手の決断に、この地方からもねぎらいの声が寄せられた。

 「ただただ、お疲れさまですと言いたい」と話すのは、豊川市大崎町在住で、愛工大名電高校でイチロー選手の1学年先輩だった会社員・石川卓さん(46)だ。2004年、メジャーのシーズン最多安打記録更新、09年のWBCで韓国との決勝で放った決勝打などを挙げて「しびれる活躍ばかりで、まるで自分のことのようにうれしかった。元気をもらっていました」と振り返った。
 高校時代のイチロー選手について「とにかく技術が飛び抜けていた。三振をしたところを見たことがないんです」と明かす。試合に負けると部員らは罰走を科せられていたが、ここぞのチャンスで一本を打てるイチロー選手に、罰走を避けたい石川さんを含む先輩らは「こいつが何とかしてくれるだろう」と絶大な信頼を置いていた。
 当時は今よりも上下関係が厳しい時代で、先輩風を吹かす上級生もいた中、石川さんはイチロー選手と良好な関係を築いていた。それは、卒業した後も変わらず続いた。海を渡って日本の誇るスーパースターになっても、シーズンオフに地元に少年野球イベントで帰省した際、時間をつくって家族と記念撮影に応じてくれたり、実家に招き入れてくれたこともあった。
 イチロー選手の今後について、石川さんは「野球に携わっていくのでは。高校のころはかなりのドラ吉だったので、個人的には中日ドラゴンズの監督をやってくれたら面白い」と期待した。
 また豊川市出身で、女子プロ野球の愛知ディオーネ所属の寺部歩美選手(26)も、打席でバットを立てるポーズをよくまねていたことを挙げて「偉大すぎて目標にできるような方ではないけど、小さいころはイチロー選手の帽子やTシャツをよく着ていました」と明かした。
(由本裕貴)

三河屋菓子店の石黒さん「寂しい」

 “チチロー”ことイチロー選手の父、宣之さん=豊山町=と長年親交があり、家族ぐるみで付き合いのある豊川稲荷総門前に店を構えるパン販売などの「三河屋菓子店」。宣之さんは毎年、妻・淑江さんと豊川稲荷への初詣を欠かさず、大リーグ入団前にはイチロー選手も参拝、店にも訪れている。
 宣之さんらと一緒に初詣を続けてきた同店の石黒健二さん(88)は、イチロー選手の引退に「それは寂しいよ。夢がなくなった」と残念がる。
 店を切り盛りしている石黒さんの次女・佐藤早苗さん(59)は、引退のニュースに「信じませんでした。背番号と同じ51(歳)までプレーすると思っていましたから」と笑う。
 以前、イチロー選手が来店した際には、言葉は少なかったが、会話を交わしたり、一緒に写真を撮ったりしたと言い、気さくなイチロー選手に触れた。
 早苗さんは引退発表のあった21日深夜、宣之さんにメール。「最後の打席に立った時は涙が出ました」との書き出しで感謝の気持ちをつづった。宣之さんからは「お礼の気持ちがこもった丁寧な返事をいただきました」と感慨深い。
 店では、イチロー選手が少年時代に食べていた鈴木家秘伝の味を再現したレトルトカレー「鈴木家のチチローカレー」を販売している。引退発表から一夜明けた22日は、よく売れたという。
(中村晋也)

 イチロー選手、たくさんの夢をありがとう―。愛知県豊山町出身で、大リーグのシアトル・マリナーズのイチロー外野手(45、本名・鈴木一朗)が現役引退を発表した。プロ野球で9年、メジャーで19年にも及ぶ現役生活で数々の金字塔を打ち立て、子どもから大人まで多くの人々に夢を与えたイチロー選手の決断に、この地方からもねぎらいの声が寄せられた。

 「ただただ、お疲れさまですと言いたい」と話すのは、豊川市大崎町在住で、愛工大名電高校でイチロー選手の1学年先輩だった会社員・石川卓さん(46)だ。2004年、メジャーのシーズン最多安打記録更新、09年のWBCで韓国との決勝で放った決勝打などを挙げて「しびれる活躍ばかりで、まるで自分のことのようにうれしかった。元気をもらっていました」と振り返った。
 高校時代のイチロー選手について「とにかく技術が飛び抜けていた。三振をしたところを見たことがないんです」と明かす。試合に負けると部員らは罰走を科せられていたが、ここぞのチャンスで一本を打てるイチロー選手に、罰走を避けたい石川さんを含む先輩らは「こいつが何とかしてくれるだろう」と絶大な信頼を置いていた。
 当時は今よりも上下関係が厳しい時代で、先輩風を吹かす上級生もいた中、石川さんはイチロー選手と良好な関係を築いていた。それは、卒業した後も変わらず続いた。海を渡って日本の誇るスーパースターになっても、シーズンオフに地元に少年野球イベントで帰省した際、時間をつくって家族と記念撮影に応じてくれたり、実家に招き入れてくれたこともあった。
 イチロー選手の今後について、石川さんは「野球に携わっていくのでは。高校のころはかなりのドラ吉だったので、個人的には中日ドラゴンズの監督をやってくれたら面白い」と期待した。
 また豊川市出身で、女子プロ野球の愛知ディオーネ所属の寺部歩美選手(26)も、打席でバットを立てるポーズをよくまねていたことを挙げて「偉大すぎて目標にできるような方ではないけど、小さいころはイチロー選手の帽子やTシャツをよく着ていました」と明かした。
(由本裕貴)

三河屋菓子店の石黒さん「寂しい」

 “チチロー”ことイチロー選手の父、宣之さん=豊山町=と長年親交があり、家族ぐるみで付き合いのある豊川稲荷総門前に店を構えるパン販売などの「三河屋菓子店」。宣之さんは毎年、妻・淑江さんと豊川稲荷への初詣を欠かさず、大リーグ入団前にはイチロー選手も参拝、店にも訪れている。
 宣之さんらと一緒に初詣を続けてきた同店の石黒健二さん(88)は、イチロー選手の引退に「それは寂しいよ。夢がなくなった」と残念がる。
 店を切り盛りしている石黒さんの次女・佐藤早苗さん(59)は、引退のニュースに「信じませんでした。背番号と同じ51(歳)までプレーすると思っていましたから」と笑う。
 以前、イチロー選手が来店した際には、言葉は少なかったが、会話を交わしたり、一緒に写真を撮ったりしたと言い、気さくなイチロー選手に触れた。
 早苗さんは引退発表のあった21日深夜、宣之さんにメール。「最後の打席に立った時は涙が出ました」との書き出しで感謝の気持ちをつづった。宣之さんからは「お礼の気持ちがこもった丁寧な返事をいただきました」と感慨深い。
 店では、イチロー選手が少年時代に食べていた鈴木家秘伝の味を再現したレトルトカレー「鈴木家のチチローカレー」を販売している。引退発表から一夜明けた22日は、よく売れたという。
(中村晋也)

石川さん親子との記念撮影に応じるイチロー選手㊨(石川さん提供)
石川さん親子との記念撮影に応じるイチロー選手㊨(石川さん提供)

カテゴリー:社会・経済 / スポーツ

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