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田原で遺品の日章旗が返還される

叔父の遺品となる日章旗を手にする影山さん㊨=田原市福祉センターで
叔父の遺品となる日章旗を手にする影山さん㊨=田原市福祉センターで

 太平洋戦争中の1944(昭和19)年、北マリアナ諸島のテニアン島で戦死した旧田原町(現田原市)の河合浅治さん=(当時24歳)=の遺品となった日章旗が、同市田原福祉センターで甥の影山喜孝さん(79)=湖西市在住=に返還された。
 河合さんは41年3月に召集され、陸軍歩兵第50連隊に入隊。日本の委任統治領だったテニアン島に駐留していた。44年、サイパンを攻略した米軍は7月、テニアン島にも上陸し、日本軍は壊滅した。河合さんは9月に戦死したとみられる。
 日章旗は、米カリフォルニア州在住のジョンハートさんが地元の博物館の地下室で発見。旧日本兵の遺品返還を続けている米国の団体「OBONソサエティ」に託し、日本遺族会を通じて愛知県遺族連合会へ遺族の調査依頼があった。
 今月12日、同センターで日章旗を手にした影山さんは「多くの人が亡くなり、遺品が戻ってくる人ばかりではない中、こうして日章旗を手にでき、感無量です」と語った。田原市に寄贈するという。
 日の丸の周りには河合さんや友人、親族らの名前とともに、戦場での無事を願う「祈武運長久」の文字が書かれていた。
 市遺族連合会の白谷航士会長(76)は「後世に平和を伝える貴重なもの。いざこざのない世界を築いていかないといけないという気持ちを新たにした」と恒久平和を願った。
(飯塚雪)

 太平洋戦争中の1944(昭和19)年、北マリアナ諸島のテニアン島で戦死した旧田原町(現田原市)の河合浅治さん=(当時24歳)=の遺品となった日章旗が、同市田原福祉センターで甥の影山喜孝さん(79)=湖西市在住=に返還された。
 河合さんは41年3月に召集され、陸軍歩兵第50連隊に入隊。日本の委任統治領だったテニアン島に駐留していた。44年、サイパンを攻略した米軍は7月、テニアン島にも上陸し、日本軍は壊滅した。河合さんは9月に戦死したとみられる。
 日章旗は、米カリフォルニア州在住のジョンハートさんが地元の博物館の地下室で発見。旧日本兵の遺品返還を続けている米国の団体「OBONソサエティ」に託し、日本遺族会を通じて愛知県遺族連合会へ遺族の調査依頼があった。
 今月12日、同センターで日章旗を手にした影山さんは「多くの人が亡くなり、遺品が戻ってくる人ばかりではない中、こうして日章旗を手にでき、感無量です」と語った。田原市に寄贈するという。
 日の丸の周りには河合さんや友人、親族らの名前とともに、戦場での無事を願う「祈武運長久」の文字が書かれていた。
 市遺族連合会の白谷航士会長(76)は「後世に平和を伝える貴重なもの。いざこざのない世界を築いていかないといけないという気持ちを新たにした」と恒久平和を願った。
(飯塚雪)

叔父の遺品となる日章旗を手にする影山さん㊨=田原市福祉センターで
叔父の遺品となる日章旗を手にする影山さん㊨=田原市福祉センターで

カテゴリー:社会・経済

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