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豊橋の名豊ビル 半世紀の歴史に幕

神野社長らが頭を下げる中、シャッターが降り、閉館した名豊ビル=豊橋市駅前大通2で
神野社長らが頭を下げる中、シャッターが降り、閉館した名豊ビル=豊橋市駅前大通2で

 さようなら、名豊ビル-。豊橋市中心部で多くの人に親しまれてきた名豊ビル(同市駅前大通2)が30日、営業を終了し、約50年の歴史に幕を下ろした。今後、ビルは取り壊され、再開発事業で新たなビルに生まれ変わる。
 午後4時半頃から始まったファイナルセレモニー。ビルを所有する中部ガス不動産を傘下とするサーラコーポレーション(豊橋市)の神野吾郎社長が、あいさつで「街にとって大切な場所をつくろうと、アイデアを出した先人の思いと勇気がスタートになった」と振り返り、これから始まる再開発事業に「次の50年、100年を目指し、名豊からの思いがつながるような施設をつくりたい」と述べた。
 会場の1階には、思い出の詰まった名豊ビルで最後のイベントとあって、年配者を中心に約500人が集まった。
 豊橋交響楽団と豊橋少年少女合唱団が共演し、豊橋市歌や「ふるさと」などを披露。最後に「長い間、ご愛顧ありがとうございました」と同不動産の角谷歩社長が閉館を宣言した。
 午後5時、蛍の光が流れる中、神野社長らが頭を下げ、出入口のシャッターがゆっくりと降下。集まった人たちが最後を見送った。
 この日まで2日間、謝恩祭が開催され、半世紀の歩みを紹介したコーナーなどは一日中多くの人でにぎわった。
 名豊ビルは1968(昭和43)年10月、109店舗による「ハイショップ名豊」をはじめ、豊橋グランドホテルや中日文化センターがオープン。70年代、ピーク時には平日に7000人、休日に1万人から1万2000人が来場していたという。
 閉館を見守った豊橋市内の女性(69)は「若い頃、よく買い物に来てね。デートもここだった。地下のうどんもおいしくて。悲しいね」と名残惜しそう。それでも「新しいビルができるまで元気でいたい」と笑顔を見せた。
 名豊ビルは取り壊され、跡地には再開発事業で24階建てビルが誕生。2020(平成32)年10月完成の予定だ。
(中村晋也)

 さようなら、名豊ビル-。豊橋市中心部で多くの人に親しまれてきた名豊ビル(同市駅前大通2)が30日、営業を終了し、約50年の歴史に幕を下ろした。今後、ビルは取り壊され、再開発事業で新たなビルに生まれ変わる。
 午後4時半頃から始まったファイナルセレモニー。ビルを所有する中部ガス不動産を傘下とするサーラコーポレーション(豊橋市)の神野吾郎社長が、あいさつで「街にとって大切な場所をつくろうと、アイデアを出した先人の思いと勇気がスタートになった」と振り返り、これから始まる再開発事業に「次の50年、100年を目指し、名豊からの思いがつながるような施設をつくりたい」と述べた。
 会場の1階には、思い出の詰まった名豊ビルで最後のイベントとあって、年配者を中心に約500人が集まった。
 豊橋交響楽団と豊橋少年少女合唱団が共演し、豊橋市歌や「ふるさと」などを披露。最後に「長い間、ご愛顧ありがとうございました」と同不動産の角谷歩社長が閉館を宣言した。
 午後5時、蛍の光が流れる中、神野社長らが頭を下げ、出入口のシャッターがゆっくりと降下。集まった人たちが最後を見送った。
 この日まで2日間、謝恩祭が開催され、半世紀の歩みを紹介したコーナーなどは一日中多くの人でにぎわった。
 名豊ビルは1968(昭和43)年10月、109店舗による「ハイショップ名豊」をはじめ、豊橋グランドホテルや中日文化センターがオープン。70年代、ピーク時には平日に7000人、休日に1万人から1万2000人が来場していたという。
 閉館を見守った豊橋市内の女性(69)は「若い頃、よく買い物に来てね。デートもここだった。地下のうどんもおいしくて。悲しいね」と名残惜しそう。それでも「新しいビルができるまで元気でいたい」と笑顔を見せた。
 名豊ビルは取り壊され、跡地には再開発事業で24階建てビルが誕生。2020(平成32)年10月完成の予定だ。
(中村晋也)

神野社長らが頭を下げる中、シャッターが降り、閉館した名豊ビル=豊橋市駅前大通2で
神野社長らが頭を下げる中、シャッターが降り、閉館した名豊ビル=豊橋市駅前大通2で

カテゴリー:社会・経済

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