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脱原発は可能か(5)

カテゴリー:コラム

原発建設は地元への利益誘導や過疎地への所得の再分配政策に

 1972年7月に「日本列島改造論」を掲げて田中角栄首相が登場すると、原子力政策は決定的な変質をしていくことになる。列島改造のために制定された電源三法(電源開発促進法、電源開発促進対策特別会計法、発電施設周辺地域整備法)は、過疎地への原発誘致が完全に利権として定着するシステムだった。かつて外務大臣の河野太郎氏は「自民党の原発関係の勉強会や部会には原発を誘致した地元の議員しか来ていないため、エネルギー政策の議論をついぞしたことがない」と正直に語っていた。つまり、日本の原子力政策は、表のエネルギー政策という面のほかに地方への利益誘導や過疎地への所得再分配政策という裏面を合わせもつ形で、311まで強力に推進されてきたのである。その結果、地震列島である日本は、アメリカ、フランスに続いて、「55基」(世界第3位、廃炉を差し引くと50基)もの原発を持つことになったのである。

福島第一原発における核惨事

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震による地震と津波の影響により、東京電力の福島第一原子力発電所で炉心溶融(メルトダウン)など一連の放射性物質の放出をともなった国際原子力事象評価尺度 (INES) において最悪のレベル7(深刻な事故)に分類される原発事故が起きた。日本という国においては1945年の広島、長崎に続く三番目の核惨事であった。もう一度、詳細に振り返ってみると、次の通りである。平成23(2011)年3月11日14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震の影響で、福島第一原発は送電鉄塔が倒壊し、外部電源を喪失した。さらに、15時35分頃の津波によって非常用ディーゼル発電機も機能しなくなり(全交流電源喪失)、運転中の1~3 号機では、原子炉内の核燃料を冷やす機能が次第に失われていった。消防車による原子炉への代替注水、注水に必要な原子炉減圧、原子炉格納容器ベント(原子炉格納容器内の気体を一部外部に放出し、圧力を下げる緊急措置)の実施も試みられたが、間に合わず、炉心損傷が進行。溶融燃料の一部は原子炉圧力容器を貫通し、原子炉格納容器の底部に落下した。また、原子炉格納容器も破損。さらに、炉心損傷に伴い、発生した水素が圧力容器・格納容器から原子炉建屋内に漏れ出し、3月12日に1号機で、14日に3号機で、それぞれ水素爆発が発生、原子炉建屋が崩壊した。3号機に隣接する4号機でも、3号機から水素が流れ込み、15日に水素爆発が発生し、原子炉建屋が損壊した。1号機と3号機の水素爆発で、作業員及び自衛隊員計16人が負傷。また、福島第一原発からの放射性物質は、主に3月12日から15 日にかけて放出され、風に乗って南西や北西の方角へと広まり、福島第一原発から60km 離れた福島市でも高い空間線量率が計測された。首都圏でも、大気中や土壌などから放射性物質が検出され、その影響は食品や水道水などに広範囲に及んだ。一方、原子炉へ注水した水が、高濃度汚染水となって原子炉格納容器から漏れて、原子炉建屋及びタービン建屋の地下にたまり、その一部が海洋に流出するという問題も発生した。
(取締役統括本部長 山本正樹)

原発建設は地元への利益誘導や過疎地への所得の再分配政策に

 1972年7月に「日本列島改造論」を掲げて田中角栄首相が登場すると、原子力政策は決定的な変質をしていくことになる。列島改造のために制定された電源三法(電源開発促進法、電源開発促進対策特別会計法、発電施設周辺地域整備法)は、過疎地への原発誘致が完全に利権として定着するシステムだった。かつて外務大臣の河野太郎氏は「自民党の原発関係の勉強会や部会には原発を誘致した地元の議員しか来ていないため、エネルギー政策の議論をついぞしたことがない」と正直に語っていた。つまり、日本の原子力政策は、表のエネルギー政策という面のほかに地方への利益誘導や過疎地への所得再分配政策という裏面を合わせもつ形で、311まで強力に推進されてきたのである。その結果、地震列島である日本は、アメリカ、フランスに続いて、「55基」(世界第3位、廃炉を差し引くと50基)もの原発を持つことになったのである。

福島第一原発における核惨事

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震による地震と津波の影響により、東京電力の福島第一原子力発電所で炉心溶融(メルトダウン)など一連の放射性物質の放出をともなった国際原子力事象評価尺度 (INES) において最悪のレベル7(深刻な事故)に分類される原発事故が起きた。日本という国においては1945年の広島、長崎に続く三番目の核惨事であった。もう一度、詳細に振り返ってみると、次の通りである。平成23(2011)年3月11日14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震の影響で、福島第一原発は送電鉄塔が倒壊し、外部電源を喪失した。さらに、15時35分頃の津波によって非常用ディーゼル発電機も機能しなくなり(全交流電源喪失)、運転中の1~3 号機では、原子炉内の核燃料を冷やす機能が次第に失われていった。消防車による原子炉への代替注水、注水に必要な原子炉減圧、原子炉格納容器ベント(原子炉格納容器内の気体を一部外部に放出し、圧力を下げる緊急措置)の実施も試みられたが、間に合わず、炉心損傷が進行。溶融燃料の一部は原子炉圧力容器を貫通し、原子炉格納容器の底部に落下した。また、原子炉格納容器も破損。さらに、炉心損傷に伴い、発生した水素が圧力容器・格納容器から原子炉建屋内に漏れ出し、3月12日に1号機で、14日に3号機で、それぞれ水素爆発が発生、原子炉建屋が崩壊した。3号機に隣接する4号機でも、3号機から水素が流れ込み、15日に水素爆発が発生し、原子炉建屋が損壊した。1号機と3号機の水素爆発で、作業員及び自衛隊員計16人が負傷。また、福島第一原発からの放射性物質は、主に3月12日から15 日にかけて放出され、風に乗って南西や北西の方角へと広まり、福島第一原発から60km 離れた福島市でも高い空間線量率が計測された。首都圏でも、大気中や土壌などから放射性物質が検出され、その影響は食品や水道水などに広範囲に及んだ。一方、原子炉へ注水した水が、高濃度汚染水となって原子炉格納容器から漏れて、原子炉建屋及びタービン建屋の地下にたまり、その一部が海洋に流出するという問題も発生した。
(取締役統括本部長 山本正樹)

カテゴリー:コラム

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