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輝政城主時代の「高石垣」見つかる 豊橋の吉田城址で2カ所目

石垣に用いられた石の境界を棒で示す学芸員=豊橋市の吉田城跡で
石垣に用いられた石の境界を棒で示す学芸員=豊橋市の吉田城跡で
鉄櫓下の高石垣
鉄櫓下の高石垣

 豊橋市文化財センターは2日、今橋町の吉田城跡から池田輝政が城主だった時代(1590~1600年)に築かれた石垣が新たに見つかったと発表した。本丸外郭部分に位置し、高さ5㍍を超える「高石垣」が用いられていたことが判明。鉄櫓(くろがねやぐら)下に次いで2カ所目という。
 センターは今年度、石垣の三次元測量や、遺構の損傷の状況を調べるため「石垣・土塁カルテ」を作っている。作業の中で、落ち葉や腐葉土に埋もれていた石垣を清掃した際、場所によって石の種類が違っていることを確認した。
 新たに見つかったのは、三の丸会館と鉄櫓の中間地点で、高さ5・7㍍、幅13・8㍍の高石垣。チャートを中心に自然石を組み合わせて築く「野面(のづら)乱積み」という技法を用いていた。その内側部分は花崗岩が積まれており、江戸時代に修復したものだという。
 城館考古学を専門とする滋賀県立大の中井均教授は「これまで知られていなかった安土桃山時代の遺構の存在が明らかになった。石垣構築技法の変遷を検討する上で全国的にも貴重な事例」とコメントした。
【安藤聡】

 豊橋市文化財センターは2日、今橋町の吉田城跡から池田輝政が城主だった時代(1590~1600年)に築かれた石垣が新たに見つかったと発表した。本丸外郭部分に位置し、高さ5㍍を超える「高石垣」が用いられていたことが判明。鉄櫓(くろがねやぐら)下に次いで2カ所目という。
 センターは今年度、石垣の三次元測量や、遺構の損傷の状況を調べるため「石垣・土塁カルテ」を作っている。作業の中で、落ち葉や腐葉土に埋もれていた石垣を清掃した際、場所によって石の種類が違っていることを確認した。
 新たに見つかったのは、三の丸会館と鉄櫓の中間地点で、高さ5・7㍍、幅13・8㍍の高石垣。チャートを中心に自然石を組み合わせて築く「野面(のづら)乱積み」という技法を用いていた。その内側部分は花崗岩が積まれており、江戸時代に修復したものだという。
 城館考古学を専門とする滋賀県立大の中井均教授は「これまで知られていなかった安土桃山時代の遺構の存在が明らかになった。石垣構築技法の変遷を検討する上で全国的にも貴重な事例」とコメントした。
【安藤聡】

石垣に用いられた石の境界を棒で示す学芸員=豊橋市の吉田城跡で
石垣に用いられた石の境界を棒で示す学芸員=豊橋市の吉田城跡で
鉄櫓下の高石垣
鉄櫓下の高石垣

カテゴリー:社会・経済

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