文字の大きさ

70周年控える栄土地測量設計・法務合同事務所

青山会長㊧と青山社長
青山会長㊧と青山社長
創業当初の事務所前。左側は現在の国道1号が通る(提供)
創業当初の事務所前。左側は現在の国道1号が通る(提供)

豊橋に新事務所誕生、青山会長が足跡回顧

 豊橋市牛川通に昨年12月、「栄土地測量設計株式会社・栄土地法務合同事務所」の新事務所が開所した。会社の2代目であり、現会長の青山紘一さん(80)は「間もなく創業70年。振り返ると、豊橋の成長やこの国の時代の変遷をみてとれる」と目を細める。
 1965(昭和30)年。終戦から10年、日本は復興の道を突き進んでいた。生活水準は劇的に向上し、豊かさの象徴であこがれの対象として電気洗濯機、電気冷蔵庫、テレビが「三種の神器」と呼ばれた時代。栄土地事務所は豊橋市中心部の八町小学校の南側、国道1号に面した場所に事務所を構えた。
 当時、市内では道路整備、農地整備が急がれていた。豊橋では測量などをできる会社がほかになく、市南部の高豊や七根の道路を整え、田んぼや畑を整理する事業の関連の業務を一手に担っていた。
 道路、農地の整備に続いて地方都市は、経済の発展と雇用創出のために大企業や工場を誘致する動きを始めていた。三菱レイヨン(現三菱ケミカル)、神鋼電機(現シンフォニアテクノロジー)など大規模な企業の土地取得が豊橋でもあり、栄土地事務所の業績は拡大していった。
 企業誘致と工場建設に必要な農地法に基づく各種の申請、所有権の移転、区画整理などを一手に引き受けるというビジネスモデル、今でいう「ワンストップサービス」を確立したことで業績を拡大していった。青山会長は「再来年が創業70周年。創業者の父の時代は、官公庁からの仕事がなかった。私は官公庁の仕事が次々と出回り、受注を目指す時代。そして現在、農地を転用してのメガソーラーなど大規模な民間事業も増えています」と話す。
 今後について青山貴洋社長は「売り上げも大事だが、社員の幸福度も重要。今では、豊橋の街を歩けば、この事務所が携わった仕事に出合うことがある。今後も、地元の皆様に身近に感じてもらう組織でありたい」と話した。
【本紙客員編集委員・関健一郎】

豊橋に新事務所誕生、青山会長が足跡回顧

 豊橋市牛川通に昨年12月、「栄土地測量設計株式会社・栄土地法務合同事務所」の新事務所が開所した。会社の2代目であり、現会長の青山紘一さん(80)は「間もなく創業70年。振り返ると、豊橋の成長やこの国の時代の変遷をみてとれる」と目を細める。
 1965(昭和30)年。終戦から10年、日本は復興の道を突き進んでいた。生活水準は劇的に向上し、豊かさの象徴であこがれの対象として電気洗濯機、電気冷蔵庫、テレビが「三種の神器」と呼ばれた時代。栄土地事務所は豊橋市中心部の八町小学校の南側、国道1号に面した場所に事務所を構えた。
 当時、市内では道路整備、農地整備が急がれていた。豊橋では測量などをできる会社がほかになく、市南部の高豊や七根の道路を整え、田んぼや畑を整理する事業の関連の業務を一手に担っていた。
 道路、農地の整備に続いて地方都市は、経済の発展と雇用創出のために大企業や工場を誘致する動きを始めていた。三菱レイヨン(現三菱ケミカル)、神鋼電機(現シンフォニアテクノロジー)など大規模な企業の土地取得が豊橋でもあり、栄土地事務所の業績は拡大していった。
 企業誘致と工場建設に必要な農地法に基づく各種の申請、所有権の移転、区画整理などを一手に引き受けるというビジネスモデル、今でいう「ワンストップサービス」を確立したことで業績を拡大していった。青山会長は「再来年が創業70周年。創業者の父の時代は、官公庁からの仕事がなかった。私は官公庁の仕事が次々と出回り、受注を目指す時代。そして現在、農地を転用してのメガソーラーなど大規模な民間事業も増えています」と話す。
 今後について青山貴洋社長は「売り上げも大事だが、社員の幸福度も重要。今では、豊橋の街を歩けば、この事務所が携わった仕事に出合うことがある。今後も、地元の皆様に身近に感じてもらう組織でありたい」と話した。
【本紙客員編集委員・関健一郎】

青山会長㊧と青山社長
青山会長㊧と青山社長
創業当初の事務所前。左側は現在の国道1号が通る(提供)
創業当初の事務所前。左側は現在の国道1号が通る(提供)

カテゴリー:社会・経済

 PR

PR