文字の大きさ

豊田珍比古氏の遺稿を豊橋市へ寄贈

収められた遺稿の一部=豊橋市中央図書館で(提供)
収められた遺稿の一部=豊橋市中央図書館で(提供)
豊田珍比古氏(俊充さん提供)
豊田珍比古氏(俊充さん提供)
自宅に設けた「瓦北文庫」の碑。俊充さんが死後に「址」の字を加えた
自宅に設けた「瓦北文庫」の碑。俊充さんが死後に「址」の字を加えた

 豊橋市史編纂委員長などを務めた郷土史家の豊田珍比古(うずひこ)氏が晩年に書きためた遺稿が、市中央図書館に収蔵された。市への寄贈を願った故人だが、生前は内容を「秘密」とし、遺族もその存在を忘れたことで半世紀余り埋もれたという。養嗣子の俊充さん(87)=瓦町=が見つけ、遺志を継いで市へ申し出た。俊充さんは「肩の荷が下りた」と喜んでいる。
 豊田氏は旧八名郡舟着村(現在の新城市)で1882年に生まれた。1921年から「豊橋郷土史友会」を主宰し、地元紙にも数多く連載記事を出した。「古代の東三河」「吉田のおんぞ祭」など著書も多数あり、56年には編纂委員長として「市政五十年史」を完成。1965年の死後、図書館内に著書や文献を収めた「瓦北(がほく)文庫」が設けられた。
 見つかった遺稿は豊田氏が晩年に2年かけてまとめた随筆や雑稿。200字詰め原稿用紙約2万枚を、目次2冊を含め65冊にした。
 内容はエッセーに近いもので、神社や寺院、文化や伝記、民俗や人生観などに10分類された。特に神社や寺院の研究に力を注いだという。
 執筆中には内容を一切公開しなかった。59年当時の新聞には「死ぬまでは見せません」「生きているうちに“遺稿”」などの見出しが躍る記事が載って話題となった。
 遺族によると、豊田氏は生前「著作や遺稿は市で保管してほしい」との考えが強かった。没後、豊田家を継いだ俊充さんらも日常の慌ただしさの中、厳重に保管された原稿の存在に気付かず半世紀余りが過ぎ去ることになった。
 転機は昨秋。87歳となった俊充さんが「終活」で身辺整理を進めていた時、書庫替わりの部屋から膨大な遺稿を見つけた。「読み切れず、親しい学芸員に委ねた」と俊充さん。雑記もあり、南極観測犬の話題など、当時の報道を元にしたテーマも多い。
 整理に立ち会った中央図書館の岩瀬彰利主幹学芸員は「当時の生活などが分かり貴重」と話す。図書館は製本修正と分類作業を経て、館内蔵書として閲覧可能にするという。
 俊充さんは「几帳面な性格の養父だった。業績を後世に残すのが遺族の務めだが、曲折あって遅れてしまった。次は閲覧可能な状態を見届けるのが目標」と語った。
【加藤広宣】

 豊橋市史編纂委員長などを務めた郷土史家の豊田珍比古(うずひこ)氏が晩年に書きためた遺稿が、市中央図書館に収蔵された。市への寄贈を願った故人だが、生前は内容を「秘密」とし、遺族もその存在を忘れたことで半世紀余り埋もれたという。養嗣子の俊充さん(87)=瓦町=が見つけ、遺志を継いで市へ申し出た。俊充さんは「肩の荷が下りた」と喜んでいる。
 豊田氏は旧八名郡舟着村(現在の新城市)で1882年に生まれた。1921年から「豊橋郷土史友会」を主宰し、地元紙にも数多く連載記事を出した。「古代の東三河」「吉田のおんぞ祭」など著書も多数あり、56年には編纂委員長として「市政五十年史」を完成。1965年の死後、図書館内に著書や文献を収めた「瓦北(がほく)文庫」が設けられた。
 見つかった遺稿は豊田氏が晩年に2年かけてまとめた随筆や雑稿。200字詰め原稿用紙約2万枚を、目次2冊を含め65冊にした。
 内容はエッセーに近いもので、神社や寺院、文化や伝記、民俗や人生観などに10分類された。特に神社や寺院の研究に力を注いだという。
 執筆中には内容を一切公開しなかった。59年当時の新聞には「死ぬまでは見せません」「生きているうちに“遺稿”」などの見出しが躍る記事が載って話題となった。
 遺族によると、豊田氏は生前「著作や遺稿は市で保管してほしい」との考えが強かった。没後、豊田家を継いだ俊充さんらも日常の慌ただしさの中、厳重に保管された原稿の存在に気付かず半世紀余りが過ぎ去ることになった。
 転機は昨秋。87歳となった俊充さんが「終活」で身辺整理を進めていた時、書庫替わりの部屋から膨大な遺稿を見つけた。「読み切れず、親しい学芸員に委ねた」と俊充さん。雑記もあり、南極観測犬の話題など、当時の報道を元にしたテーマも多い。
 整理に立ち会った中央図書館の岩瀬彰利主幹学芸員は「当時の生活などが分かり貴重」と話す。図書館は製本修正と分類作業を経て、館内蔵書として閲覧可能にするという。
 俊充さんは「几帳面な性格の養父だった。業績を後世に残すのが遺族の務めだが、曲折あって遅れてしまった。次は閲覧可能な状態を見届けるのが目標」と語った。
【加藤広宣】

収められた遺稿の一部=豊橋市中央図書館で(提供)
収められた遺稿の一部=豊橋市中央図書館で(提供)
豊田珍比古氏(俊充さん提供)
豊田珍比古氏(俊充さん提供)
自宅に設けた「瓦北文庫」の碑。俊充さんが死後に「址」の字を加えた
自宅に設けた「瓦北文庫」の碑。俊充さんが死後に「址」の字を加えた

カテゴリー:社会・経済

 PR

PR