豊川で平和祈念式典
豊川海軍工廠(こうしょう)空襲から78年を迎えた7日、豊川市平和祈念式典が市文化会館で開かれた。空爆体験者や遺族、市民ら580人が出席、戦没者の冥福を祈った。
1945年のこの日、東洋一といわれた海軍工廠が空襲を受け、動員学徒や女子挺身(ていしん)隊員を含む工員、職員ら2500人以上の命が奪われた。市は50周年の95年に「平和都市宣言」をして以降、式典を開いている。2018年には跡地に平和公園を整備し、資料の展示や遺跡保存をしている。
式典で竹本幸夫市長は「私たちの使命は78年前に起こった痛ましい出来事を風化させることなく、過去と向き合い、戦争の悲惨さと平和の尊さを次世代に伝え続けることです。戦争のない世界の実現を目指し、恒久平和に向けて全力で尽くすことを誓います」と宣言した。市立音羽中学校吹奏楽部の演奏などあり、最後は参加者が献花した。
空襲体験者で語り部をしている伊藤等さん(92)=同市篠束町=は「亡くなった2500人以上の方々が、空の上で式典を見ていると思います。命ある限り、語り部として多くの若い命が奪われた空襲について伝えていきます」と述べた。
【竹下貴信】
豊川海軍工廠(こうしょう)空襲から78年を迎えた7日、豊川市平和祈念式典が市文化会館で開かれた。空爆体験者や遺族、市民ら580人が出席、戦没者の冥福を祈った。
1945年のこの日、東洋一といわれた海軍工廠が空襲を受け、動員学徒や女子挺身(ていしん)隊員を含む工員、職員ら2500人以上の命が奪われた。市は50周年の95年に「平和都市宣言」をして以降、式典を開いている。2018年には跡地に平和公園を整備し、資料の展示や遺跡保存をしている。
式典で竹本幸夫市長は「私たちの使命は78年前に起こった痛ましい出来事を風化させることなく、過去と向き合い、戦争の悲惨さと平和の尊さを次世代に伝え続けることです。戦争のない世界の実現を目指し、恒久平和に向けて全力で尽くすことを誓います」と宣言した。市立音羽中学校吹奏楽部の演奏などあり、最後は参加者が献花した。
空襲体験者で語り部をしている伊藤等さん(92)=同市篠束町=は「亡くなった2500人以上の方々が、空の上で式典を見ていると思います。命ある限り、語り部として多くの若い命が奪われた空襲について伝えていきます」と述べた。
【竹下貴信】